僕から貴様へ送る遺言
某月某日 貴様に
駅のプラットフォームやお店の入り口においたラックからイベントやショップの PR ポストカードをよく持ち帰った時期がある。その一枚が
ロペのもの。デザインがいいから持ち帰ったが、よく見ると洋服の通販カタログの宣伝。よさげなので取り寄せた。そのうち購入しようと思っているうちにカタログ販売部門は終了したようだ。ここってレディースしかおいてないらしいけど、ユニセックスなものなら女性サイズが僕には合うんだけどどんなものだ。海外通販で以前2度衣料品を購入したことがある。それもカタログ販売で。時代の流れは速い。
某月某日 貴様に
年をとることはそれだけでも尊敬に値する。ましてものごしのやわらかなそれがあたりまえみたいな落ち着きをかもし出すとなるとなおさら。そうでなくてもいいけど、この世界で生き残っているのは理由のあることで、長生きの報酬なのかいぶし銀風のものが湧き出してくる。まとまった時間を過ごすと植物が石油になるみたいな、経験値がたまらないとアップできないステージがある。意図してそうなるのを期待するのもなんだかなあだが、年とって若いころよりなんだか「出ている」
おやじを見るのはいいものだ。もう少し生きてみようという気になる。
某月某日 貴様に
主役がすべてではない。いろいろなキャラクターが住むその世界のバランスがよくて、そのなかではじめて一人ひとりがひかってくることがある。テレビアニメ『
怪物王女』では一人ひとりをクローズアップすると、そうずば抜けたものはないが何人かの相関関係ができあがるとたちまち個性が生きてくる。個人的にはフランドルを中心に見ていたいが…。ドラマ『百鬼夜行抄』もそう。飯嶋律役の細野よしひこはゴールデンタイムの主役としては弱いと思うが、このドラマでは惹かれる。映画向きの役者なんだろう。配役に成功しているいい例でしょう。
某月某日 貴様に
リクルートゼクシィの CM のホームビデオで撮ったような感じとか未完成な感じのコーラスはいいと思う。
結婚式で人はどうして泣いてしまうのだろう。一つ考えたのは、2度と戻らない、あるいは戻れないという、生まれ育った故郷に別れを告げる感じがあるんだと思う。大人になりますという儀式を見守りながら参列者一人ひとりの何十年という歳月に降り積もった思いがいっせいによみがえる。『オーラの泉』でよくゲストが泣く。理由なく涙があふれてくるのは過去の思いが全部よみがえるからだと美輪さんや江原さんがよく言う。あれと同じ現象かな。
某月某日 貴様に
つくづく迷いが多い人生だ。迷って迷って、ワークショップなるものにも参加したことがある。
松尾スズキ、岩松了、こんな機会でもなければ出会わないふたりの演出家。会わないと分からないことがある。自分の目で見て、感じて、体を動かすことは大事だ。しかし機が熟さないと会ってもなにも実りがなかったりもする。のちのち実ることもあろうが、結局相手が何かくれるわけでなく自分で何かつかみとるしかない。松尾氏から自分の踊りが面白いことを、岩松氏から自分も戯曲や小説が書けることを気づかせてもらった。
某月某日 貴様に
テレビアニメの声に引かれることがある。『009-1』はミレーヌ・ホフマンの声がいいから見てしまった。あれは誰か気になって配役を見ると
釈由美子だった。とても想像できない。感情を抑えた感じが役にとてもあっている。声で思い出すのは『闘牌伝説アカギ』の
アカギ。こちらは萩原聖人。これも本人からイメージできない。役と役者がずばりマッチする快感を体験する。人がしゃべるのを聞いているだけで満足することなんてそう頻繁にない。演出もあるだろうし役者の工夫もあるだろう。芝居の醍醐味がこんなところにもあった。
某月某日 貴様に
いやらしい話だが、Book Offでよく立ち読みさせてもらった。『
バジリスク』も全巻立ち読みしてしまった。ただで楽しんでその上えらそうに何か言うのも下品だが下品ついでにひとくさり言う。原作が評判いいからといって絵がつまらなそうだと読む気がしなくなる。山田風太郎の原作は読んでいないがこの漫画は読みたくなった。漫画は絵が大事。小説でもなんでも人物の造形がしっかりしているとそれが引っ張ってくれる。芝居でもそうで物語より役者をじっと見ているだけで満足できるそんな人物を見たいと最近強く思う。
某月某日 貴様に
当たり前だがメディアに大きく扱われないけれど大した人はいる。
藤森照信氏もその一人。めぐり合える機会が限定された人はそのチャンスを逃すともう出会うことはないので用心だ。藤森氏の名前は山本夏彦の著書に出てきた。好きな人の好きな人は気になるのでチェックする。そういう地道な調べものが後々財産になる。山本夏彦という名前は安原顕や坪内祐三の著書によく出てきたように思う。全部つながっているのでばかにできない。今興味がもてなくてもいずれ大事な人になることもある。縁が温まるのを待つのも知恵だ。
某月某日 貴様に
書誌学のことは
林望先生から習った。本人ではなく本だけど。古書だとか古文書だとかいう趣味もいいと思う。書誌学のことが分かると書簡とかも気になる。A.S.バイアット『抱擁』も面白く読める。教養とはそういうことなのか一人でいても楽しいことがたくさんあること。二人ならもっと楽しくなれること。本当に知恵の深い人同士の会話っていうのは最高のパフォーマンスを生むんだろう。知識が熟成して、なんか分からないけど醸し出して、ブレンドされてみたいな。
加島祥造さんが言う会話ってそういうものじゃないだろうか。
某月某日 貴様に
川本三郎氏はいい仕事をしている。キネマ旬報で著名人の年間映画ベストテンリストが載るとどんな映画をあげているのか気になる。彼の推薦で成瀬巳喜男監督を知った。黒澤、小津、溝口ばかりが日本の監督ではない。いい映画がたくさんあること、映画の中の風俗を楽しむこと、いろいろ教えてもらった。映画について書かかれたものはもちろん文芸評論もエッセイもみんな楽しい。東京ものと呼べばいいのか昭和、平成と時代が変わる東京の街の変遷がしのばれる文章が好きだ。永井荷風や林芙美子の評伝もひとつの東京ものだ。
某月某日 貴様に
しばらく前は立花隆氏を日本の教養の化身みたいに思っていたみたい。今は養老孟司氏だろうか。養老孟司のオールナイトニッポンとかあったら楽しげだ。教養人が日替わりでしゃべるラジオ番組ってよさそう。
宮台真司と宮崎哲弥がTBSラジオのアクセスで年末1年を振り返る対談は毎年聞こうと思って聞き逃す。沢木耕太郎が12月24日の晩 J-Waveでやる番組も聞き逃す。替わりに聞いた『7月24日通り』というラジオドラマがよかった。よさそうな番組を聞き逃している。HD録音の機械を利用しても縁がなければ豚に真珠か。
某月某日 貴様に
漫画を本格的に読み始めたのは比較的最近のことだ。きっかけはスーパーエディター安原顕が
ラジオ深夜便の書評で紹介した岡崎京子『リバーズエッジ』。これに出合わなかったら以降それほど漫画に興味を持つことはなかっただろう。本を購入し誰彼貸したが本当に共感してくれた人はそう多くない。自分が大変な衝撃を受けたものが人によってそうでもないのが不思議でもあり当たり前でもある。自分が好きなものはなるべく買うようにしている。人に貸せるから。本当にすすめたいものは携帯できるものなら実物を見せた方が話が早い。
某月某日 貴様に
屋外の陳列棚にたくさん古本を並べているのを見て立ち止まる。三田村鳶魚の名前がある。どんな作家なのかは知らないが名前だけは気になっていた。こういう衝動買いをしないのがけち臭い。この前も英会話の帰りJR新宿駅の東口でバンドが路上ライブをしていた。これが聞かせる。立ち止まってしばらく聞いた。
SOLT というらしい。女のボーカル、ベース、ギター、パーカッションの4人組。手売りのCD 1000円に手が出ない。慎重なのはいいが気前の悪さはいただけない。少しずつ改善しているつもりだが貧乏なので許してくれ。
某月某日 貴様に
いっぺんにたくさんの人間が同じことを考えるとか感じるとかいうのはちょっと気味悪い。大量生産大量消費というのは、そういう気味悪いことが前提で成り立っているものなのだろう。同じ時代に本当に共感し合える人間の数はそんなに多くないと思う。この世の中はあらかじめ決まっているお約束で成り立っていて、どの種類の人間がどの割合でとか一定の人口配分も出来ているに違いない。自分に心底ぴったりくるものってかなり限定されたレアなものなんじゃないか。ちなみに僕の作家部門金賞候補赤丸急上昇は
四方田犬彦氏。
某月某日 貴様に
小説通らしき人から
山田風太郎の名前が出るとぜんぜん読んでいないのでくやしい。山田さんがいつの時代の人なのかすらよく知らない。自分とまったく違う時代を生きた人の時代感覚ってどうなの。『
戦中派不戦日記』を読んで日記は時代感覚をつかむのにいい資料だと思った。人間一人のなかに蓄積した同じ時代を生きた人々の思いがあふれ出して単に個人の感想意見以上のものを感じることがある。その人の生まれもっての特性だったり年齢を重ねた上で作られる公共心だったりするのか。結局個人なんてものはむなしいものだね。
某月某日 貴様に
村松友視の名前だけは以前から知っていたがまともに読んだのはごく最近でそれがとてもよかったので彼を信頼している。村松氏が編集者だったことも『夢の始末書』から知った。これに登場する作家たち、
野坂昭如、吉行淳之介、色川武大、田中小実昌を読みたいと思い実際読んだ。好きになった。作家の評伝は好きだ。評伝を読んでからその作家が書いたものを読むことの方が多いかもしれない。だいたい小説を楽しむことがかなり減った。読むものはエッセイや評論がほとんどだ。小説も現代より古めとか、年寄り染みてきた。
某月某日 貴様に
木造平屋の家に興味を持つようになったのは『われよりほかに 谷崎潤一郎最後の十二年』を読んでからだろう。本の巻末に谷崎邸の間取りが載っている。ああこんな家に住んでみたいと思った。日本家屋や田舎料理に囲まれて育ったのにそのよさが分かるのは希少になってから。ありふれているうちは煩わしいものなのに2度と戻らないとなると手放したくないとは身勝手な。自然となんでもない住宅地を歩くときも家々を鑑賞しながらになる。アパート探しで失敗した経験も手伝っている。苦い思いが趣味をよくするってか。
某月某日 貴様に
爆笑問題の太田氏が以前NHKの人間大学系教育番組で向田邦子を語っていた。面白そうだとは感じたがザッピングの一コマで終わったことをちょっと後悔している。向田さんの本は『あ・うん』を読んだくらい。彼女の脚本を演出した久世光彦の方をよく読んだ。彼女は焼物を好んだらしい。料理やお茶、それに焼物、凝ってみたいが手が出ない。焼物が分かる人に劣等感を感じる。向田さんもダンディだが
青山二郎もダンディだったろう。彼らを生で見てみたかった。ダンディな作家人の映像を特集してくれないものか。
某月某日 貴様に
NHK教育テレビ『高校講座英語T』出演の Robert Lamitie 氏に何度か英語を習った。スクールでも人気のある先生だった。彼に出会わなかったら今日の僕はない。大西泰斗氏出演の『ハートで感じる英文法』も面白かった。教育テレビのプロデューサーはよくぞここまでキャラクターのある人を探して来るものだ。なにか持ってる人はいる。それは相性もあるだろうけど。人に訴える力の強い人。キャスティングは大事だ。時々なんでもない映画を見ていて役者に感心することがある。ああ人間とはいいものだと思わせてくれる。
某月某日 貴様に
プレイステーション2を一日中やっていたことがある。操作ボタンを押しすぎて爪と肉の間が裂け血がにじむまでやった。夜が白々明けはじめる頃の焦り、虚脱感は怖いものだ。『バイオハザード』シリーズと『鬼武者』シリーズは何度も繰り返した。スリラーやミステリーを読むのに似ている。本は繰り返し読まないが、これは繰り返す。特に『鬼武者2』で印象に深いのはキャラクターだ。それがうすうす
雨宮慶太氏の手によるものだろうとは思った。映画『ゼイラム』の怪物造形に酷似していたから。愛嬌のあるいい造形だ。
某月某日 貴様に
どうして今さら英語を勉強しようと思ったのか話してなかった。単刀直入に職探しに有利ということもある。それに加えて英語への関心を強くしてくれたのは
江藤淳と
片岡義男だ。江藤氏がプリンストン大学時代を書いた『私とアメリカ』、戦後アメリカ軍占領当時の日本を書いた『閉ざされた言語空間』は日本人がアメリカと向かい合うためのたくさんのヒントをもらった。片岡氏の『日本語の外へ』から英語を母国語としない人間の英語感覚を教えられた。彼らが背中を押してくれなかったら英語を続けていただろうか。
某月某日 貴様に
坪内祐三の名前を知ったのは雑誌『SPA!』だった。松尾潔だったと思うが連載エッセイで開店直後の池袋ジュンク堂で立ち読みした坪内氏の『シブい本』と『ストリートワイズ』のことを話題にしていた。以来折りにふれ氏の著作をフォローしている。折々にフォローする作家と言えば、橋本治氏もそのひとり。異能の人だ。『
蓮と刀』は生涯の1冊として挙げたい本。橋本氏を教えてくれたのは経済人類学者の栗本慎一郎氏。『パンツをはいたサル』『パンツを脱いだサル』にどれだけ興奮したか。すべての出発点は栗本氏だったかな。
某月某日 貴様に
今日『自然主義文学盛衰史』を読み終えた。正宗白鳥はずっと読みたいと思っていた作家だ。この人が岡山の生まれだと巻末の年譜を見て初めて知った。学生時代知っていたら話の種になっただろうに。でも20歳やそこらでこれを面白いと思うだろうか。40年生きて分かる面白さがある。白鳥は72まで生きた。これを書いたのは60の時だ。そもそも白鳥に至ったのは坪内祐三の評論エッセイか何かだったように思う。坪内氏からたくさん本を教えてもらった。読んだ本はどれも面白い。僕がこの世に生まれて出会えた恩人のひとりだ。
某月某日 貴様に
お金のない時代が長かったせいで一人遊びがうまくなった。でもタダで遊べるなんてことはありえない。自分がお金を負担していないだけで誰かがどこかでお金を払っている。この世の中で得をするという考えは見掛けだけだ。必ずどこかでその埋め合わせをしないといけない。「どんなことにも対価が必要」なのだから。もう終わったが深夜のアニメで『
xxxHOLiC』というのをやっていた。これに出てくる変なお店の店主侑子さんがよく言うセリフがそれ。最近騙されまい、損しまいという言動をよく見る。なんだか寂しい。
某月某日 貴様に
日曜日ラジオを聴いているとリスナーからのお便りを読んでいる。もう40になろうという独身の男からの手紙で、母親が田舎から出てきて世話を焼いてくれたこと、それにぞんざいな態度をとったこと、その母が他界したこと、途中アナウンサーの声が詰まる。アシスタントの女の人が交代して手紙を読む。その成り行きに同じ独身男の立場で共感した。そのアナウンサーが
安住紳一郎だということはもっと後になって知った。ずいぶん前から人気のある人だそうだ。世間とサイクルが5,6年ずれている。人気の理由はなんとなく分かる。
某月某日 貴様に
無性に誰かに話を聞いてほしいことがある。誰かに電話したくなるが変なタイミングだったら嫌だ。誰かにメールを送りたくなるが返事がないのは虚しい。誰かに手紙を書きたくなるが重くなりそう。結局誰にもなにもしないまま気持ちだけ盛り上がってしりつぼむ。自分勝手な欲求で相手を困らせてはなんだから遠慮してしまうのもある。ポストカードだったら文章も短めだし気が向いたら読んでもらえばいいから迷惑でもないかな。なにか返事を期待するとかはもちろん届いているかどうかも気にしない。ただ話しておきたいだけ。
<特訓!入門〜通訳まで。正規授業外も親身の熱誠指導に一切妥協なし>
記事は当サイト独自のものでNCCとは関係ありません